新人に厳しい規律を課し、命令への服従と絶対的な遂行を求める……今や「軍隊式」の教育は軍を飛び出て様々な分野で見られるようになりました。しかし世界最強の軍事大国、アメリカの陸軍はこうした非合理をやめ、兵士たちの自主性と意識の高さを重視する方針に切り替えていくようです。

さて、いわゆる「軍隊式教育」といえばこういう感じのものでした。これは戦争映画「フルメタルジャケット」冒頭のシーン。新兵がやらかす失敗とズルを知り尽くした最高におっかない訓練教官が、海兵隊精神を注入しているところです。
Full Metal Jacket – Gunnery Sergeant Hartman – YouTube

「フルメタルジャケット」で描かれた海兵隊は映画的にカリカチュアされたものですが、多かれ少なかれ真実を含んでいます。志望動機もモチベーションもバラバラな元・一般市民の徴募兵をスケジュール内で仕上げるには、こうしたショック療法的なやりかたが最も効率的な方法とされてきました。

この方法はその後現代まで使われます。こちらは21世紀のアメリカ陸軍ですが、自分の荷物を上げられない、とか「気をつけ」でちょっとフラっとした、とか些細なミスをする度に複数の教官が集結して一度に怒鳴り始めたり、罰として腕立て伏せや腹筋などの身体的ストレスを突然与えたりします。血の匂いに集まってくるサメになぞらえたこの「Shark Attack」は、陸軍新兵教育の名物でした。
Day Zero in the Army SHARK ATTACK #knifehand – YouTube

ところがこの「軍隊式」が大きく変わろうとしています。先日、新兵教育を行うアメリカ陸軍歩兵学校は「最初の100ヤード」と題して初期教育を大きく変更することを発表しました。
Warrior Corner: The First 100 Yards – YouTube

アメリカでは名目上徴兵制度は残っているものの、現在すべての軍は志願兵で構成されています。彼らは徴兵で集められた兵士と違い、それなりの動機とモチベーション、つまり「やる気」を持って軍に入ってきます。そうした新兵達にとっては、従来の「軍人精神強制注入」アプローチでは歩兵的としての敢闘精神を養えないばかりか、チームメイトや上官との信頼関係を感じられなくなる可能性が高くなってしまいます。

また、喫緊の問題としては新型コロナウィルスの流行に対策する必要があります。顔と顔がくっつきそうな距離で怒鳴りつけるのは、感染防止にはあまりよろしくなく、かといってマスクをしてソーシャルディスタンスを保ったままでは、今ひとつ迫力にかけます。そういうわけで超近距離で大声でどなりつける、という方法に代わる何がが必要になってきたという背景もあるようです。

新しいアプローチでは、例え素手でも果敢に敵に向かっていく「銃剣の精神(spirit of the bayonet)」と、全体が一つになってあらゆる困難を粉砕する「我に続け(follow me)」のモットーを実現しつつ、自分で考え、仲間とともに解決策を探すことが目標とされます。本格的な訓練開始前に上官の名前や自分の所属部隊といった基本的な知識を覚えたり、チームの仲間と協力して効率よく補給物資を搬送する方法を考えたりと、上官の命令にただ従うだけではない訓練が展開されます。またフェーズの中には体力測定や「仲間の荷物を探して集める」といった、ハラスメントが発生しやすいものもありますが、基準をしっかり設けたりするなど非合理的な「いじめ」「しごき」にならないよう実施されるとのこと。

動画の中では過去の訓練キャンプの様子が引用されます。こちらはメガネの新兵が仲間の隊列から遅れてしまった所に教官が殺到しているシーンですが、特にこのような「Shark Attack」は過去のものであり、行われてはならない、と強調されています。

他にも第1次世界大戦から始まるアメリカ陸軍歩兵栄光の歴史ビデオを見せたり、教育キャンプを入れ替わりで卒業する先輩たちの小隊が、フル装備でかっこよく戦闘訓練を実施するところを観覧したりするなどして文化をハイライトすることで陸軍の価値、歩兵としての倫理観を持たせるねらいがあるそうです。

フル装備でかっこよく戦闘訓練をする先輩のイメージ。こういう所を見せて「俺もがんばればあんな風になれる……がんばろう!」と思わせる、という戦略のようです。

実際の現場がどういう風に変化するかはともかく、いわゆる「軍隊式」「スパルタ式」と言われるやり方が過去のものになるのは間違いなさそう。教官たちの間で培われてきた、こうした「ジョーク罵倒」も歴史になっていくのでしょうか。

もはや話芸「一番印象に残っている訓練教官の罵倒を教えて」スレッドに集まった罵倒表現いろいろ – DNA

ソース:Infantry School ends traditional ‘shark attack,’ adopts new way of instilling warrior ethos in recruits | Article | The United States Army

トップ画像:U.S. Army Fort Carson – 投稿 | Facebook