第2次世界大戦が終わりドイツが東西に分かれました。その時、東ドイツ側にあったベルリンは東西に分断され西側の「飛び地」となり、アクセスには大きな制限がかけれました。これは、軍属や民間人のために、外交上の問題を起こさずに陸路でベルリン入りする方法を詳しく教えてくれる動画です。

動画はこちらから。
BFG to Berlin – YouTube

第2次世界大戦後、ベルリンは東ドイツ領内にある西ドイツの「飛び地」となり、当初は空路しか入る方法がありませんでした。しかし紆余曲折を経て西ドイツ・ヘルムシュタッドからのアクセスが認められるようになりました。

冷戦直後で、しかもまだ東ドイツという国の存在を西側諸国が承認していない時ですから、チェックポイントの通過方法から書類の中身まで、ほんの些細なトラブルが外交上の問題に発展する可能性があります。そういうわけで詳細なガイドが作られました。これはイギリス王立憲兵隊の制作になる旅行手順書の解説動画です。

まず西側のチェックポイントで憲兵隊に書類を確認されるところから。

しかるのち当時のソ連軍と東ドイツ警察が管理する検問を通過します。

ここで重要なのは、基本的にソ連軍の士官からの指示のみに従うこと。

東ドイツの軍・警察に対しては相手をせず、ソ連軍の士官を呼ぶように伝えなければならなかったようです。

検問の通過時は自分の身分に関わらず、相手の敬礼に対して返礼すること。

また、相手国に入国するのではないのでパスポートに入国印など押されないように注意すること。

逆に通行許可証にはソ連のスタンプが必要。

決められたルート以外は通行しないことはもちろんですが、途中のサービスエリアなどは使用しないこと、パーキングエリアは使用してもいいが軍や警察がいるときは避けることなど、色々と細かいルールがあったようです。また両端の検問の通過時間は記録されているので、途中で寄り道をしたりスピード違反をしているとソ連側による厳しい取り調べが待っています。

事故の際は通りかかる同じ西側諸国の通行者に牽引や検問両端にいる西側軍への連絡を依頼すること。ソ連・東ドイツ側の救急車の使用は人命に関わる場合でなければ避けなければなりません。

そして何度も「東ドイツの警察は相手にしないこと」と注意されます。罰金もソ連軍の、それも士官に対して支払い、受け取りにきちんと署名させること。

普段私達はあまり国の主権や統治の方法、国と国との関係について意識しませんが、こういう動画を見ると本当に微妙なタテマエで成り立っているのというのが理解されます。こういう儀式的ケンカにも、そこらへんの機微が出ていて面白いです。
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